※この記事は2024年2月に更新しました。
【ロッチ】のコンビ名の由来、本名、芸名など様々な名前について、同期芸人は誰だ?などをご紹介していきます。
スポンサーリンク【ロッチ】コンビ名の意外すぎる由来!?
【ロッチ】のコンビ名の由来ですが、コンビ結成の2005年にプロ野球で日本シリーズを制し日本一となった「千葉ロッテマリーンズ」にあやかり、少し名前を変えて『ロッチ』としたそうです。
ちなみに、『ロッチ』というワードを聞いて、40代前半の方はピンとくるものがあるかもしれませんが、1980年代終盤に一大ブームとなり、現在でも販売されているロッテの「ビックリマンチョコ」を思い浮かべるでしょう。
当時、あまりの人気にロッテの生産が追い付かず、1人1つまでなど販売制限ができたり、おまけのシール欲しさにチョコレートウェハースのお菓子を捨てる人が続出し、偽物のシールの販売が横行していました。
本物のおまけシールは、シール裏面の左上に「ロッテ」とメーカー名が印字されていましたが、偽物は似せたフォントでしたが「ロッチ」と書かれていました。
あまりに大きなブームで「ロッチ」というワードが強く当時の記憶として焼き付いていること、そして何よりそれ以外で「ロッチ」というワードを聞くことも無いため、由来は聞くまでもなくこの「ビックリマン現象」からだと思っている方も多いと思いますが、何とロッチの2人はこの現象を知らず、当時の「ビックリマン現象」とコンビ名の由来は全く関係無いそうです。
ある意味、奇跡のコンビ名由来の誕生ですね。
スポンサーリンク旧コンビ名は【3児】【市川塾】
ロッチの2人は、コンビ結成前それぞれ別のグループを組んでいました。
中岡さんはNSC時代、見藤恭太郎、藤枝孝友さんとトリオ『3児』を組んでいましたが、20歳を越えて初めてできた彼女と結婚を考え22歳で一度芸人を引退し、3児は解散しています。
コカドケンタロウさんは、NSC大阪校14期生として入学し、卒業後に『市川塾』というコンビを組みましたが1998年に解散。
その後は吉良博之(元:レトロマニア)、高山和也(元:デモしかし)とトリオ『サタディサンディ』を結成し、のちに『ジャムパン』に改名し、2000年に事務所を吉本興業から人力舎へと移籍。再度トリオ名を『ギャルソンズ』に改名しました。
コカドケンタロウは、ロッチっていうより「ジャムぱん」または「ギャルソンズ」
— 魚住陽向=東京キャスケット舎 (@uozumihinata) March 27, 2012
翌2001年には高山さんが脱退し、コンビとして活動を継続しますが、相方の吉良さんの失踪により2003年に解散しています。
スポンサーリンク【ロッチ】の本名と芸名は?
【ロッチ】のお二人の本名と芸名について見ていきましょう。
スポンサーリンクコカドさんの本名と芸名
芸名 | コカドケンタロウ |
本名 | 小門 建太郎(こかど けんたろう) |
生年月日 | 1978年8月8日 |
出身 | 大阪府大阪市 |
事務所 | ワタナベエンターテインメント |
芸歴 | 30年 NSC大阪校14期生(1994年入学) |
担当 | ツッコミ&ボケ(向かって左) |
コカドさんは本名を小門 建太郎(こかど けんたろう)と言いますが、現在は本名全てカタカナにしフルネームで『コカドケンタロウ』と表記し、芸名として使用しています。
NSC卒業後はコンビ→トリオ→コンビと結成・解散を繰り返し、事務所も3社を渡り歩くなど苦労が多い下積み時代を経験されています。
相方の中岡さんが天然のポンコツキャラがゆえ、ロッチの「しっかりした方」と見られがちですが、実はコカドさんもそこそこの天然らしく、35歳まで食後に食べるデザートのことを「ゼザート」だと思い、ずっとゼザートと言っていたそうですが、滑舌が悪く誰にも指摘されず、気付かなかったそうです。
35歳までデザートのことをゼザートだと勘違いしてたけど元々滑舌が悪かったために長い間指摘されてこなかったコカドケンタロウさんのエピソードじわじわくる
— now兪a.k.a 呉波 (@bo7kar0) January 5, 2021
2014年には以前からずっと悩んでいた滑舌の悪さを改善する手術を受けますが、そこまで大幅な改善はしなかったそうです。
中岡さんの本名と芸名
芸名 | 中岡 創一(なかおか そういち) |
本名 | 中岡 創一(なかおか そういち) |
生年月日 | 1977年12月8日 |
出身 | 奈良県橿原市(愛知県半田市生まれ) |
事務所 | ワタナベエンターテインメント |
芸歴 | 29年 NSC大阪校16期生(1995年入学) |
担当 | ボケ&ツッコミ(向かって右) |
中岡さんは本名を中岡 創一(なかおか そういち)と言いますが、現在は本名を芸名として使用しています。
一度は人生で初めての彼女との結婚を夢見て芸人の道を諦め、工場の仕事に就いた中岡さんでしたが、プロポーズの結果「結婚には興味が無い」とフラれてしまい、その後は良縁無く今も独身。
メガネとモジャモジャ長髪が特徴ですが、2016年には故郷である奈良県橿原市の観光大使に任命。
2020年には日本ホッケー協会の公認ホッケーアンバサダーを務めるなど、芸人のお仕事以外でも幅広くご活躍されています。
プライベートでは出川哲朗さんと親交が深く、2人で旅行に行ったり、野球観戦したりと楽しんでいるそうです。
スポンサーリンク【ロッチ】の結成は2005年
【ロッチ】のコンビ結成は2005年です。
最初に組んでいたコンビを彼女との結婚のために解散して仕事に就くも、フラれて傷心だった中岡さん。
最初のコンビを解散し、次に組んだトリオの高山さんが脱退し、残った吉良さんが失踪してコンビが自然消滅したコカドさん。2人が時期を同じくして辛い経験に遭い、友達と4人で沖縄旅行に行った際に、2人が仲良くなったことで『ロッチ』が誕生します。
NSC時代は先輩後輩の関係でしたが、コンビ結成後はお互い先輩後輩として接することはせず、いつも対等な立場として接しているのだそう。
コンビ結成4年目で出場したキングオブコント2008では、1本目に披露した「試着室」ネタが大ウケ。同年の最高得点を叩き出し、全組みが1本目のネタを終えた時点で、誰もがロッチの優勝を想定していました。
しかし、2本目にボケ・ツッコミの役割を入れ替えたネタを披露したところ、笑いは急降下し痛恨の最低得点となり、優勝を逃してしまいました・・
以降、ファーストステージでウケ、ファイナルステージでウケない現象を「ロッチ現象」と称されるようになりました。
スポンサーリンク同期芸人は「フットボールアワー」!!!
【ロッチ】の同期芸人は『フットボールアワー』『浅越ゴエ(ザ・プラン9)』『国崎恵美』『烏龍パーク』がいます。
フットボールアワー | 30年 NSC大阪東14期生(1994年入学) |
浅越ゴエ(ザ・プラン9) | 29年 NSC大阪校16期生(1995年入学) |
国崎恵美 | 30年 NSC大阪校14期生(1994年入学) |
烏龍パーク | 29年 NSC大阪校16期生(1995年入学) |
ここ数年でコカドさんとフット後藤さんが同期であることが、あまり世間に知られておらず話題となりました。
ちょうどNSCが1年に2回入学時期を設けていたころで、完全な同期が少ないのが特徴で、1つ上の13期生になると、ブラックマヨネーズ、チュートリア、野生爆弾などがいます。
まとめ
【ロッチ】のコンビ名の由来、旧コンビ名や本名・芸名、同期芸人についてご紹介しました。
- 『ロッチ』コンビ名の由来は、結成した2005年に日本一になった「千葉ロッテマリーンズ」にあやかり、少しだけもじって『ロッチ』と命名した
- ビックリマンの偽物「ロッチ」は実は全く関係ない!
- コカドケンタロウさんの本名は小門 建太郎(こかど けんたろう)で、芸名は本名をカタカナ表記にしたもの
- 中岡さんの本名は中岡 創一(なかおか そういち)さん
- ロッチ結成は2005年
- ロッチの同期は『フットボールアワー』『浅越ゴエ(ザ・プラン9)』『国崎恵美』『烏龍パーク』
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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