※この記事は2024年2月に更新しました。
【ヒロシ】さんの芸名の由来、本名など様々な名前について、同期芸人は誰だ?などをご紹介していきます。
スポンサーリンク【ヒロシ】芸名の意外すぎる由来!?
【ヒロシ】さんの芸名の由来は、2024年現在フリーアナウンサーとして活動している「生島ヒロシ」さんからとったものです。
キッカケは、ホスト時代(後述)に家でネタを書いていたところ、たまたまあった雑誌の表紙に移っていたのが生島ヒロシさんで、「親しみやすい名前だな」と思ったことだったそう。
ちなみに、ホスト時代の源氏名は『冴神 剣(さえがみ けん)』で、殺し文句は「あなたの心を一刺し!」でした。
スポンサーリンク【ヒロシ】の本名と芸歴
芸名 | ヒロシ(ひろし) |
本名 | 齊藤 健一(さいとう けんいち) |
生年月日 | 1972年1月23日 |
出身 | 熊本県荒尾市(福岡県大牟田市生まれ) |
事務所 | 有限会社ヒロシ・コーポレーション |
芸歴 | 29年 1995年~ |
【ヒロシ】さんは本名を齊藤 健一(さいとう けんいち)さんと言います。芸歴は1995年からで2024年現在で29年になります。
福岡県大牟田市でお稀、熊本県荒尾市という炭鉱の町で育ったヒロシさん。お父様は炭鉱夫で生活は裕福ではなかったそうですが、周りが炭鉱夫の過程ばかりで特に貧しさは感じたことは無かったそう。
ちなみに「健一」という名前の由来は、炭鉱夫という危険なお仕事をされていたお父様が「健康第一」というお願いを込めて付けられたのだそう。
しかし、お父様が落盤事故で左足の太ももから下を失うという事故が起きましたが、炭鉱の町としては珍しいことではなかったものの、ヒロシさんはその現実をなかなか受け入れられませんでした。
そんなヒロシさんは冴えない幼少期を過ごしましたが、漫才ブームに強い影響を受け「お笑いを頑張ればモテる」という刷り込みをされ、学生時代には友達と自身初のお笑いトリオ『貴族』を結成し、福岡で開催された吉本主催のオーディションにも参加。
その後も福岡で芸人活動を続けるものの成果はでず、何度かコンビの結成・解散を繰り返したのち、友納一彦さんと『ベイビーズ』を結成。あがり症を克服するため大きな声を出すキレ芸をやり、活動拠点を東京に移すなどしましたが売れず、結局ベイビーズも解散してしまいます。
元々芸人を目指した最大の理由が「女の子にモテたい」だったため、芸人仲間から「ホストは稼げるしモテる」という嘘を信じホストの道へ。しかし入店したお店が超ブラックだったため、面接で酒が飲めないと言ったにかかわらず、毎日大量の酒を飲むことを強いられ、睡眠もろくに取れない長時間労働のうえ、月給はわずか3万円ほどだったそう。
当然家賃も払えずホームレスとなり、客引き中に泊めてくれる人を探してお世話になる、という生活を繰り返していましたが、宿が無い日は泥酔状態で路上で倒れていることもあったそうで、そんな時に仲が良かった経芸人仲間であるサンドウィッチマンに介抱されたこともあったそうです。
ヒロシさんは後にホスト時代を「まさに生き地獄だった」と回顧しています。
しかし、そんな経験から生まれたのが、あの「ヒロシです・・」のネタでした。ホスト風の服装に、何とも陰のあるキャラクターで切なそうに呟くネタは一世を風靡しましたが、これは辛い過去の経験からたまたま生まれた天然由来のネタだったのですね。
ちなみに、「ヒロシです」のネタ中にかかっているBGMは、当時TSUYATAに行きクラシックや映画音楽のCDを5~6枚借りてきて、その中でより哀愁ある雰囲気だったペピーノ・ガリアルディの『ガラスの部屋』という曲で、イタリア語で失恋の歌なのだそうです。
スポンサーリンクブレイク後は自殺する寸前だった!?
ブレイクしてピーク時は最高月収4000万円を稼いでいたヒロシさんでしたが、元々極度のあがり症で、ひな壇のトークなどが一切できず、収録中も緊張のしっぱなしで意識は朦朧とし、他の出演者が何を言っているのかもわからないという状態での活動が続きました。
収録が控えている状態だと前日から緊張で眠れなくなり、本番直前には吐き気をもようすなど徐々に先進的・体力的に追い詰められていきました。
そしてブレイクから約5年ほど経った2009年、ついに「テレビに出ない」と事務所に連絡。しばらく老後のような生活を送りますが、その間に仕事は激減。
仕方なくアルバイトを探すも、思いつく限りの仕事すべてが「自分がヒロシとバレたら笑いものにされるのではないか?」と妄想を抱くようになり、極度の精神不安に陥ります。
そして、次第に不安で眠れなくなり、当時住んでいたマンションの18階の部屋のベランダに立ち「このまま死ねるな」と死ぬことだけは怖くないという危険な状態になったそう。しかし、ギリギリのところで「このままでは危ない」と正気になり、芸人仲間だった『たかしひでき』のひできさんに連絡すると、すぐに駆けつけてくれ最悪の結果は免れました。
買っちゃいました❗️1ページ丸々使った見出しだけど「他の人はスタジオみたいなのに何で俺だけ街中…」ってまたごねそうwww
— 裕介 (@youske0709picol) March 29, 2017
逃げることの大切さを解くヒロシさん「あの時逃げてなければ自殺していたかもしれない」とかシャレにならないので本当逃げてくれてよかった#ヒロシ #オリイジン pic.twitter.com/i7bgiLLZj5
精神病院で診てもらった結果、「パニック障害」と診断が下りました。
そんな折、事務所から佐方麻緒さんというマネージャーを紹介され、根気よくライブ出演に誘ってもらうなどの働きかけにより、徐々に芸人としての気力を取り戻していきました。
そして、現在ではもはや有名となりましたが、パニック障害の治療の一環としてやっていた、趣味である『ソロキャンプ』でパイオニア的存在となり、現在は自身のキャンプ番組を持ち、キャンプ道具の製作に携わるなどキャンプに関わる様々なお仕事をされています。
また元々の趣味であったバンド活動もされており、「カッコイイ」という声が上がっています。
本当にありがとうございました!めちゃくちゃ描くの楽しかったです!!!
— アンダ (@akurr_hars) February 14, 2020
スパイダーリリーちゃんは高貴な位の高いイメージだったので、敢えて最近のカッコイイ服を召して頂きました✨これからも影ながら応援しております…🙇♀️
お知らせ、ありがとうございます。ライブには行けないので、生配信、すご〜く嬉しい‼️大好きなベーシストのヒロシさんを観れる‼️楽しみに待っています。❤️😭✨まだ暑い日が続きますが、ヒロシさん、スパイダーリリーの皆さんお身体大事してね❤️🎸🤗❤️✨✨💕✨❤️
— 茶々丸 (@chachamaru0322) September 2, 2023
ちなみに、バンド名は『スパイダーリリー』で、ヒロシさんはベースを担当しています。楽曲は超本格的なロックで予想していた何倍もカッコイイ曲です!!
ヒロシさんのベースソロパートもあるなど、ヒロシさんの見せ場も満載です。
スポンサーリンク同期芸人は「バカリズム」!!!
【ヒロシ】さんの同期芸人は『バカリズム』『パンクブーブー』『ガレッジセール』『おぎやはぎ』がいます。
バカリズム | 29年 1995年~ |
パンクブーブー | 29年 1995年~ |
ガレッジセール | 29年 1995年~ |
おぎやはぎ | 29年 1995年~ |
特に『パンクブーブー』は、ヒロシさんが福岡でアマチュアとして活動していたころから同じオーディションに出るなどしていた古い付き合いです。
パンクブーブーとヒロシ、福岡吉本で同期だった | : http://bit.ly/8CYszn
— トピ (@hirochandayo) December 21, 2009
まとめ
【ヒロシ】さんの芸名の由来、旧コンビ名や本名、同期芸人についてご紹介しました。
- 『ヒロシ』芸名の由来はフリーアナウンサー「生島ヒロシ」さんから
- 『ヒロシ』本名は齊藤 健一(さいとう けんいち)
- 芸歴は1995年~。2024年で29年
- 【ヒロシ】さんの同期芸人は『バカリズム』『パンクブーブー』『ガレッジセール』『おぎやはぎ』
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
スポンサーリンク
コメント